実家暮らし1日目

 

朝食:実家 金時パン、あんぱん

昼食:弁当 白米 コロッケ、白身魚フライ、煮しめ、りんご、ぶどう、なし

夕食:打ち上げBBQ エビ、ホタテ、イカ、パプリカ、しいたけ、きゃべつ、たまねぎ、おにぎり

 

運動会当日。7時出勤で運動会準備をする。絶好の運動会日和で日が照り暑いくらいだった。緊張と忙しさのためか、鼻炎はそれほど気にならず、過ごせる。

子どもたちは出番があるものの、長い時間園児席に座っていた。

目の前で繰り広げられる種目をみて、子どもが目を輝かせて「自分もそうなりたい」「やってみたい」と意欲的な気持ちになれば自然とその場で落ち着いて種目を見ることができる。そのためには、長い時間ダラダラと競技するのではなく子どもの集中の持続に見合ったプログラムを作っていく必要がある。

 

そもそも、運動会は必要ではない。保護者に見せるために運動会をすることは日頃の保育を見せることとはかけ離れているからだ。しかも、当日までにをいくら運動会の練習だと言わなくても、知らず知らずのうちに運動会のための練習、遊びになってしまう。今までしたことのない鉄棒を運動会前になって練習を始めるのもそうだ。日頃の保育ではないことは確かである。いつもの遊ぶ様子を見せるには、行事ではなく懇談会などで事前にビデオを撮ったものを見るなど、日常生活を見てもらうことが子どもたちのありのままの姿である。

運動会は競争する。しかし、子どもたちに競争をさせることは如何なものかと思う。かけっこ、つなひき、たまいれなどは勝ち負けがはっきりとしている。勝ったものは自信がつくが、負けた方は悔しい。勝てるように頑張れと言われるが、それは異なる家庭環境で育ち、遺伝的な要素もあって差があるため非常に難しいことである。頑張っても頑張っても勝てない、報われない場合、最後にくるのは絶望である。絶望を味わうと、立ち直りに時間がかかってしまう。小さな子どもにそのような立ち直れない心の傷を作らせては、その後の人生に大きな影響を与えてしまう。運動会だけではなく、避けては通れない試験、入試、就職試験などもそうである。競争で勝ったものが地位が上がる、高い給料を得る、人から認められることは、負けたものがいるからこそ成り立つ。いまの日本の競争社会は子どもたちの可能性や夢を潰し、勝ったものだけが生き残れる社会になっているのではないか。

 

運動会終了後はかなりの疲労と鼻炎のため体がだるく、座り込んで片付けをすると今にも寝てしまいそうだった。退勤したのが16時だったが、17時半には打ち上げのため、帰って急いでシャワーをして仮眠する間も無く会場へ。途中、冷えてきて鼻炎が悪化。左鼻のつまりがひどく、左目から涙が流れ出る。早く帰りたかったが、お開きになったのは22時過ぎであった。

 

喉も痛むし、明日は病院にいこう。

体調が戻るまでしばらく実家にいることにする。